第1部 牝鶏哀歌

「第七特別収容所」の所長室では、所長のヒョンジュが東南アジア系の人畜売買業者と商談している。「第七特別収容所」産の牝蓄を欧米諸国に大量に売り捌く為に、かねてから辣腕ブローカーである、マイと名乗る女に協力を求めていたのだ。まだ20代の若さであるマイは、父母から日本に対する反感を子供の頃から教え込まれ、異常なまでの反日アジア人に育った女である。

「如何かしら?こちらに用意したのが、私どもが最も力を入れている双子ひよこの商品サンプルです。効率的に牝のひよこを供給出来るように、ここでは牝鶏どもに双子の牝を産ませる技術を研究しているのです。一匹の牝鶏から如何に効率よく、多くのひよこを産ませ続けるかが重要課題と言う事ですわ。この双子を産んだのが、そこの牝鶏なのですけど、その後も毎年双子を産ませ続けてますの。年齢は40を過ぎてますけど、今でも腹の中に双子を孕んでますわ。うふふ・・・」

二人の横に、8歳になる双子のひよこが哀しげな表情を浮かべて立っている。そしてその傍らにはやつれ果てた母鶏が生気の無い虚ろな眼差しを宙に向けて、直立不動で立たされているのだった。産み落とした側から再び双子を受精され、10年前に連れて来られてから産み落としたひよこは20匹を超えていた。すでに人間としての魂は消え失せ、目の前にいる自分が産んだひよこにも、何の感情も感じないのだ。「第7特別収容所」では日本女は「牝鶏(めんどり)」と呼ばれ、産み落とした仔は「ひよこ」と呼ばれる。ここでの過酷な体験は女たちから、いつしか人間である事を忘れさせ、まさに牝鶏そのものへと変えていくのだ。
マイの希望で、ヒョンジュは牝鶏小屋を案内して廻った。広大な収容所敷地内には、10棟ほどの牡鶏小屋と無数の牝鶏小屋が立ち並んでいる。地鶏小屋と呼ばれている大きな小屋には文字通り、放し飼いにされた牝鶏たちがひしめき合っていた。ここに飼われているのはオスメスの区別なく労働用のひよこを産み落とさせる牝鶏たちである。そしてブロイラーと呼ばれる小屋では、牝のひよこを孕んだ牝鶏の中から選別された美貌の牝鶏が、個別のゲージに入れられて飼われている。ここで産み落とされ育てられたひよこは「日本少女」の商品名で欧米向けに売られていくのだ。

ヒョンジュが最後に案内したのは、これまでのどの牝鶏小屋よりも大きく小屋と言うより倉庫のような外観の建物だった。

「これが双子を産ませる為の研究所を兼ねた牝鶏小屋ですわ。」

裸電球に照らされた薄暗い部屋の中には、見渡す限り狭いゲージが並んでいる。

「所長の検閲である!肛門捧げ!」

ヒョンジュが入ってくるのを見た飼育官が、慌ててホイッスルを吹きながら大声で叫ぶと、牝鶏たちが一斉にゲージの外に向けて尻を高々と差し出した。所長に対しては常に肛門を晒して恭順の意を示さねばならないのだ。薄暗い中に浮かぶ無数の白い尻に、マイは圧倒される。

「これだけ牝鶏の尻が並ぶのも壮観でしょう?ここにいる牝鶏はみんな牝の双子を孕ませてあるのです。すでに試験的から実用段階に入ってますわ。我が国は何時でも安定供給が出来るのです」

ヒョンジュの説明を聞きながらマイは改めて、牝鶏たちに視線を向ける。剥き出しの肛門と、何度も種付けと出産を繰り返させられたのであろうグロテスクなまでに赤黒く変色して爛れた性器が、数えきれぬほど並んでいる光景は、吐き気を催すほどだ。マイが思わずぞっと身震いしたのは、ひんやりとした空気のせいだけでは無い。

(これが同じ人間だなんて思えないわね・・ここまで家畜化するなんて恐ろしい国だわ・・・)

日本人蓄は見慣れているはずのマイでさえ、この光景には驚きを隠せなかった。
ゲージの並ぶ薄暗い部屋をあとにして、分厚いドアを通り抜けると、そこでは様々な実験と種付け作業が行われていた。あちらこちらから、たくさんの牝鶏たちの鳴き声が響いてくる。マイの傍らでは一匹の牝鶏がローションも無しで、飼育官によって生えかけの陰毛をゾリゾリと剃りあげられ悲鳴をあげている。

「ふふふ・・・この牝鶏は研究用に、これから解剖されるのです。こうした努力があってこそ安定供給が出来るのですわ。この牝鶏にしたって我が将軍様と人民の為に研究材料になれるのですから名誉なことなのです」

初めて訪れた「第7特別収容所」はマイにとって、今まで体験した事のない驚愕の連続であった。すでに日本の女たちが同じ人間であると言う感覚は完全に麻痺しつつある。文字通りの家畜としかマイの目には映らなくなってゆくのだった。
「ここでは、双子牝の受精卵を牝鶏の胎盤に繰り返し着床させる実験を行っているのです。どれだけ効率的にひよこを産ませるかが最大の課題で、当面の目標は5つ子を産ませることですけど、これはもう暫く先になりそうですわ。」

マイの目の前には、苦悶の表情を浮かべた牝鶏たちが苦しげな声をあげながら吊り下げられていた。自ら産み落としたのであろう「ひよこ」らに乳を与えながら、更に次の受精卵を種付けられているのだ。酢酸液で膣洗浄される牝鶏の口からけたたましい悲鳴が搾り出される。

「ここでは毎日、搾りたての牡鶏の精液を使っています。我が国では、純粋な日本人種の人畜を繁殖させる事こそ日本民族の償いとして相応しいと考えておりますの。一部の欧米諸国がやっているような他民族の血と混ぜる繁殖法には反対です。我が国にとっては、このような下等民族に我が民族の高貴な血を混じらすのは恥辱的なことです。日本民族の生殖器は、自らの血で人畜を産み増やして償いさせる為だけに存在が許されるのです」

ヒョンジュの言葉はマイに深い感銘を与えた。

「まさにおっしゃる通りです!多くのアジア民族がその考えに賛成すると思いますわ。純粋な日本人畜を絶やすことなく世界に供給することこそ我々アジアの国々の勤めなのかもしれません・・」

ヒョンジュは、にっこりと微笑みながらマイの目を見た。

「我々と考えを同じくして頂いて嬉しいです。協力して頂けますか?」

「ええ、喜んで協力させて頂きます。これは私にとっても大きなビジネスチャンスになりそうですわ。心より私を呼んで頂いた事に感謝致します」

互いの目的が合致した二人は、力強い握手を交わすのだった。
ヒョンジュとマイの商談はスムーズにまとまった。欧米中心に「日本少女」として売り出すひよこと、アジア中心に繁殖用及び性欲処理、そして出産ショーなどの秘密パーティへの需要が見込まれる牝鶏たちを、マイの事業で扱う事に決まったのである。

「具体的な契約は後日になりますが、今回は我が国からの御礼の証として、牝鶏を10匹進呈致します。どうぞ売るなり商品サンプルにするなり御自由にお使いください。では、こちらへどうぞ!」

ヒョンジュに案内される途中、やせ衰えた牝鶏が横たわる薄暗い檻がマイの目に留まった。

「あれは、もうすぐ廃棄処分になる牝鶏ですわ。大体30匹辺りが産ませる限界のようです。今ではひよこの飼育用に母乳を与えるのが勤めですの。搾れるだけ搾って母乳すら出なくなったら絞首で吊して処分します」

檻の中には、40代と思われる牝鶏たちが死んだように無表情で横たわっている。繰り返された出産で体力も気力も使い果たし、次々産み落としたひよこたちに養分を吸い取られるかのように少しづつやせ衰えていったのだ。そんな牝鶏たちも、地獄のような牝鶏生活の中ですっかり習性と化したのか、今でも飼育官のブーツの音が聞こえただけで反射的に股をひろげる。


♪〜偉大なる将軍様と人民様のお情けで・・牝鶏は死ぬまでひよこを産ませて頂ける・・嗚呼この幸せを何と例えん・・・産んで・・産んで・・産み続け・・日本の牝鶏は・・将軍様と人民様にお詫びをさせて頂ける・・嗚呼この喜びを何と例えん・・K人民共和国に栄えあれ・・・〜♪



廃棄前の牝鶏たちは、この国の言葉で覚えさせられ、何千回も歌わされてきた「牝鶏労働歌」の一節を繰り返し繰り返し脳裏に浮かべながら、声にならない声をふりしぼっていた。

(まだ産めます・・まだまだ産ませてくださいませ〜〜〜〜っ!)

マイは、かつて繁栄を誇っていた頃の日本人の姿を思い浮かべている。

(骨の髄までしゃぶられて死んで行く・・・これが日本民族の償いの姿なんだわ・・)

妖しい恍惚感が背筋を走しり抜けるのをマイは押さえることが出来なかった。

「さぁ、これがこちらで入念に選別しておいた牝鶏たちです。色艶の良い健康状態の良いものばかり選んでありますわ。どうぞこの中からお好きな牝鶏をお選びになってください」

そこには30匹ほどの牝鶏が直立不動で並ばされていた。飼育官がホイッスルを吹いて号令をかける。

「四つ這い歩行始めっ!」

号令と共に、牝鶏たちが四つん這いで、ヒョンジュとマイを中心にして円を描くように這いずり回るのだ。ぼて腹を抱え、のそのそと這い歩きながら体の隅々まで晒して充分に品定めをしてもらうのである。

「うふふ・・・これは牛や豚の競り市と一緒ですね。さすがにどれを選ぶか迷ってしまうくらい見事な牝鶏ばかりです」

「どうぞ、ごゆっくりお選びください。」

そう言いながらヒョンジュが飼育官に合図すると、再び鋭いホイッスルの音と共に、号令がかけられる。

「歩行止め!その場で開陳姿勢っ!」

牝鶏たちは一斉に、その場で仰向けに寝ころぶと両股を広げて性器を差し出すポーズを取る。

「御覧になってお分かりと思いますが、性器がまだ綺麗でしょう?これから初産を迎える牝鶏ばかりを選びましたの。」

「これなら相当高い値がつきます。こんなに良い牝鶏が頂けるなんて、なんだか申し訳ない気持ちですわ」

「どうか我が偉大なる将軍様からの、心よりの贈り物だと思って受け取ってください。我が国の為に御協力頂けることに感謝いたします」

そう言ってヒョンジュは、にっこりと微笑んだ。
マイは満足げな笑みを浮かべながら、選び終えた牝鶏たちを一匹づつ改めて念入りに検分している。

「この牝鶏たちを使って、世界中に売り込ませて頂きますね。きっと御満足いただける報告が出来るとお約束します」

「将軍様も我ら人民も、我が国の繁栄の為に日本人蓄売買の成功が不可欠なものと認識しておりますわ。どうぞお気をつけてお帰りください。吉報をお待ちしております」

マイがヒョンジュに見送られて建物を出ると、太陽は雲に覆われて生温い風が吹いていた。

(さぁ、これから暫く忙しくなりそうだわ。売り込みに駆け回らなければならないわね・・・日本人を世界中に家畜奴隷として売り捌く、私の夢が叶う時が来るのよ・・)

マイは、にっこりと微笑んで空を見上げた。黒い雨雲がゆっくりと流れ、哀れな牝鶏たちのように今にも泣き出しそうな空模様であった。
「もたもたするなっ!」

飼育官の怒声が浴びせられる。

「将軍様から大事な御客様への贈り物だっ!絶対に地面につけるなっ!」

マイに贈られる牝鶏を、他の牝鶏がトラックまで運ばされているのだ。ずしりと肩に食い込む棒の痛さに顔を歪ませながら必死に、よろよろと運んでいく。あまりの辛さに涙をぼろぼろ零す牝鶏たち。日本での幸せな頃の生活が脳裏に浮かんでは消えていく。もう二度と、その頃に戻る事は出来ない。死ぬまで地獄の人畜人生を送るしかないのだ
ヒョンジュと会ってから一年後、マイの情熱的な販促活動でK人民共和国産日本人蓄の取引高は予想を上回るものとなった。

欧米のみならず経済的に貧しいアジア諸国でも日本人蓄は歓迎された。特に貧困層の住民には手頃な商売として急速に広まり、政府も有効な貧困対策として積極的に奨励している程である。東南アジアは孕んだ牝鶏の主要な取引先であった。SM倶楽部の秘密ショーに使う者もいれば、纏まった数の牝鶏を仕入れて自家奴隷として繁殖させる金持ちもいるのだ。

牝鶏は安価に仕入れる事が出来るので、貧困層が簡単に現金を稼げる手段として路上販売するケースが最も多い。東南アジアではぼて腹の牝鶏が、鶏より巨大な食用蛙を連想させる為、「孕み蛙」と呼ばれ、それを扱う売人も「蛙売り」と呼ばれている。

海上では、行き交う外国船の船員に「孕み蛙」を売りつける小舟が、あちこちに浮かんでいる。大型船に小船を寄せた「蛙売り」が船員と値段の交渉をする光景が、すっかり名物になっているのだ。一匹7〜8ドルで仕入れた「孕み蛙」を30ドルから50ドルで売りつけるのが相場となっている。

「ねぇ、お兄さん・・蛙、買っておくれよ!安くしとくからさぁ!」

日焼けした娘が、笑顔で外国船員に声をかける。この辺りでは、この娘が一番の「蛙売り」だ。一日で30匹から40匹売り捌く事も珍しくはない。孕んだ日本女も、娘にとっては人間を売っている感情は全く湧かなかった。本物の食用蛙を売るのと同じ感覚しかないのだ。「孕み蛙」は船員たちの性欲処理に使われ、行く先々の港で転売されるのが普通である。上手くいけば買値より遙かに高い値段で売れるのである。この為、「孕み蛙」は上手に声をかければ面白いように売れるのだった。
交渉が成立し、娘が代金を確認すると船上から垂らされたロープに「孕み蛙」の足を括り付ける。娘の合図ひとつで、蛙は哀しい鳴き声をあげながら、ゆっくりと吊り上げられていくのだ。相手が蛙を受け取ると、娘は手を振って船から離れていく。受け取った金を小箱にしまって、にんまり微笑むと次の客を捜しに、娘はさらに小舟を沖へと漕ぎ出すのであった。
        第1部 終わり



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