小京都とも呼ばれ、日本情緒溢れる或る静かな町に「山吹屋」と言う老舗旅館があった。
その旅館の娘である雪乃は、亡くなった父親の跡を継ぎまだ30を過ぎたばかりの若さ
で若女将として、妹の千鶴と二人で助け合いながら老舗の暖簾を守っていたのである。

これはその二人の姉妹が悪夢のような運命に翻弄され堕ちてゆく物語である。あたかも
毒蜘蛛の網に絡め取られた二匹の蝶のように・・・


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「今日こそ、ちゃんとした返事を聞かせてもらうぞ!雪乃。」

剛蔵の無遠慮な視線が、和服姿の胸元から覗く雪乃の真っ白な首筋に注がれている。

(まったく、ぞっとするほど艶っぽい胸元してやがる・・)

ぐっと杯を飲み干して剛蔵は、心の中でそう呟いた。

「どうか、どうかお許しくださいませ!黒川様!」

黒川剛蔵の前で雪乃は三つ指をついてひれ伏した。

「そうか、どうあっても妹の千鶴を俺の元に寄越すのは嫌か?」

剛蔵は低い声で呟くと、ことりと杯を卓の上に置いて立ち上がり障子窓を開いて外の闇を
睨むように眺めている。ひやりと冷たい一陣の風が座敷の中に吹き込んだ。剛蔵の赤黒く
野太い首筋を後ろから見やりながら、雪乃は覚悟を決めて、そっと立ち上がると哀しげに
目を閉じ静かに帯を解いた。


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黒川剛蔵は、この町で大きな酒蔵を幾つも持つ蔵元の主である。その財力も桁外れで町の
行政への発言力も大きく、言わば町の顔役と言った存在だった。剛蔵には妻も子供もいる
のだが、精力旺盛なこの男が一人の女だけで満足出来るわけもなく何人もの妾を養ってい
る事を知らぬ者は無かった。一度目を付けられた女は二十歳にもならぬ娘だろうと人妻だ
ろうと金と権勢にまかせて強引に妾にされるのだ。妻や娘を奪われても剛蔵に楯突く者は
この町には誰一人居なかった。

そんな剛蔵に、妹の千鶴を妾にくれと言われた時、雪乃は深い悲嘆にくれたのだった。雪
乃も千鶴も日頃から剛蔵の噂は聞き及んでいたし、その赤黒く日焼けして、でっぷりと太
った醜悪な容姿には虫酸の走る思いで嫌悪さえしていたのである。

千鶴には、どんな事があっても幸せになって欲しい。それだけが小さい頃から姉である自
分を慕ってくれた妹に対する、雪乃の只一つの願いであった。剛蔵のような男に、たとえ
死んでも妹を渡す事など出来るはずもなかったのである。

        
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さらさらと囁くような衣擦れの音に後ろを振り返った剛蔵の目に入ってきたのは、肌を朱
に染めて恥じらいに微かに震えている一糸まとわぬ雪乃の姿であった。

(こ、これが美人女将として名の通った、あの雪乃の産まれたままの姿か・・・)

剛蔵は我を忘れて雪乃の白い裸身を食い入るように見つめ続けた。細い首筋に鎖骨のくぼ
みが、くっきりと浮かび上がり白桃のような乳房がふっくらと盛り上がっている。そして
優しい曲線を描いて細腰へとつながり、そこから一気に見事な双臀の膨らみが女盛りを匂
わせている。悲痛な覚悟と恥じらいで、じっと目を閉じ貌を隠すように背けている雪乃の
睫毛が哀しげに震えていた。そっと己の股間に手を添えて翳りを隠すその姿の美しさは剛
蔵にはこの世の物とは思えない程だ。

(雪乃が、これほど美しい女だったとは・・この匂うような艶気は、さすがに千鶴では出
せまいよ。)

しばし雪乃に見とれていた剛蔵も、さすがに何時までも我を忘れているような男ではなか
った。

「千鶴の代わりに俺の妾になるというのだな?雪乃。」

こくりと頷く雪乃の瞼から一筋の涙がこぼれ落ちる。剛蔵が、ただ断って済むような男で
はない事は百も承知だった。自分の肉体を差し出しても、妹の身を救う覚悟で此処まで来
た雪乃だったのである。

剛蔵は障子窓を閉じると、卓の前に戻ってあぐらをかいた。そして傲然と言い放った。

「私を妾にしてくださいってお願いして見ろ!」

雪乃の心が悔しさと屈辱で揺れ動く。こんな男の妾になるくらいなら、いっそ舌を噛み切
りたかった。だが可愛い妹の面影が雪乃に苦渋の決心を迫る。

「黒川様、どうか、どうか雪乃を・・雪乃を黒川様の妾にしてやってくださいまし・・」

三つ指をついて剛蔵の前にひれ伏す雪乃の目から涙が溢れた。

「ふふふ・・俺も数多くの女を妾にしてきたが、自分から妾にしてくれとお願いされたの
は雪乃、おまえが初めてだ。そうか、そんなに俺の妾になりたいか?」

(ううっ、)

雪乃の体が屈辱に震えた。妹を救いたいが為に嫌々ながら妾になろうとしている雪乃の気
持ちは勿論、剛蔵にも分かっている。それが分かっているからこそ剛蔵の嗜虐心が一層掻
き立てられるのだ。

「千鶴を諦めるかどうかは、これからのおまえのお勤め次第だって事を忘れるなよ。」

そう言うと剛蔵は卓を脇に押しやり、浴衣の前をはだけて中から、どす黒く照り輝く男根
を引っ張り出した。それはぞっとする程巨大で醜悪な姿である。

「さぁ、これからおまえを、たっぷり可愛がってくださるおちんぽ様だ!改めて御挨拶し
て、おまえの柔らかそうな舌と唇使って御奉仕しするんだな!」

(ひーーっ、な、なんておぞましい・・)

ちらりと剛蔵の男根に目をやった雪乃は、その醜悪さに思わず目を背ける。

「ふっ、やはり口先ばかりだったようだ。妾にして欲しいなんて気持ちは微塵も無いって
事だな?やはり千鶴に妾になってもらうとするか!」

「あぁ、待って、待ってくださいませ!雪乃は・・雪乃は喜んで黒川様の・・黒川様のお
体に御挨拶させて頂きます!」

「ふふふ・・お体か・・いいか!俺は妾には一切上品ぶった態度や口の利き方は許さんぞ!
そら、おちんぽ様がお待ちかねだ!しっかりお姿を目に入れながら挨拶するんだ!」

(うぅっ!なんて酷い男・・こんな、こんな男の・・)

堪らなく惨めだった。剛蔵の股間に頭をさげて上目遣いで醜悪な男根を仰ぎ見ながら血を
吐く思いで屈辱の言葉を口にする雪乃。

「お、おちんぽ様、今宵より、あなた様の妾としてお勤めさせて頂く雪乃でございます。
どうか・・どうか雪乃を末永く可愛がってくださいませ。」

おずおずとにじり寄り、震える唇を剛蔵の男根に触れさせた時、雪乃の中の何かが音を立
てて崩れていく。

(あぁ、もう後戻りは出来ないんだわ・・私は一生この男の妾として生きていかねばなら
ない・・千鶴・・千鶴・・あなたはきっと幸せになるのよ・・・)

剛蔵の男根に絡みつく雪乃の舌先に、まるで毒のような、おぞましい味が伝わって来る。
吐き出したい気持ちを懸命に堪えながら舌と唇で奉仕を続ける雪乃。

秋の夜風が障子窓をかたかたと震わせた。まるで雪乃の悲愴な道行きの始まりを告げるか
のように・・・

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「さぁ、おちんぽ様もおまえの舌と唇には御満足されたとさ!今度は自分から跨って、
おちんぽ様を喰わえこませて頂きな!」

憎悪する男の男根を、自ら跨って迎え入れねばならぬ口惜しさに美貌を歪ませながら、
拒むことは許されぬ己の運命に従うしか雪乃に道はなかった。

「そ〜ら、しっかり喰わえこんだところで、妾になれた喜びを大声で叫んでみな!」

剛蔵の腰が突き上げられる度に、いやがうえにも雪乃の体は熱くなる。

(あぁーーっ、悔しい、悔しいわぁ〜〜!)

心の中で絶叫すると、雪乃の口から強制された言葉が迸った。

「ゆ、雪乃は・・雪乃は黒川様に・・め、妾のお勤めが出来て嬉しゅうございます・・
嬉しゅうございますわ、黒川さま〜っ!」

「そうか、そうか、そんなに嬉しいか?そら、もっと母屋の連中にも聞こえるように大き
な声で叫ばないか!思い切り色っぽい声でな!」

「あぁ〜ん、雪乃は、雪乃は黒川様の妾のお勤めが出来て嬉しい・・嬉しいわぁ〜〜」

無理矢理に大声で叫ばされる辛さに胸が潰れる思いだった

(あぁーーっ、きっと母屋の人たちにも聞こえたに違いない・・)

暗い絶望に雪乃は打ち震えた。

(老舗旅館「山吹屋」女将、雪乃は、これで・・これで本当に黒川剛蔵の妾となったのね。
お父さん、これも千鶴を守る為・・許して・・許してね・・)

父親から受け継いだ「山吹屋」の暖簾に傷をつける申し訳なさに、剛蔵の膝の上に抱かれ
る雪乃の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。静かな離れ座敷の中で雪乃の真っ白な双臀だけ
が嵐に揉まれる木の葉のように悲しくうねっていた。




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第一章 贄の蝶

哀蝶散華