雨宮修輔は、悪態を付きながらひっそりと静まりかえった
真夜中の館内を、ゆっくりと巡回していた。
「こんな薄気味悪い所の警備に回されるとは、ついてねぇ
なぁ!」
懐中電灯の照らす先には、ギロチンに架けられた王妃の首
転がっている。その恐怖に歪んだ顔から今にも断末魔の叫
びが聞こえてくるようだ。余りにも精巧に作られた為に、
それは蝋人形と言う存在を越え、なにかしら悪魔的な物に
さえ見えるのだ。雨宮は、ぶるっと身震いすると歩調を早
めて館内を巡回するのだった。
「おや、こんな展示品あったかな?」
ある展示品の前で立ち止まり、よく見ようと懐中電灯の光
を向けた途端、雨宮の肩が、ぎくりと震えた。
・・これまで見てきた蝋人形とは、どこかが違っている・・
怖ろしい予感に雨宮の心臓が激しく脈打つ。まるで今にも
絶望の叫び声をあげんばかりに、それは余りにも生々しい
のだ。恐る恐る近づいて、そっと触れてみる。微かな弾力
が指先に伝わった。産毛の生えた肌には毛穴さえ見えるで
はないか。雨宮の魂消えるような悲鳴が館内に響き渡った。
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その夜、雨宮修輔が見たものは、早乙女綾子夫人と優美嬢
の変わり果てた姿であった。この時から誘拐事件は世にも
希なる猟奇殺人事件へと一転し、世間の更なる注目を集め
る事となったのだ。警察の威信をかけた捜査にもかかわら
ず、未だ犯人の手掛かりは掴めぬままとなっている。
雨宮の脳裏からは、あの夜蝋人形館で見てしまった、綾子
夫人と優美嬢の、剥製にされた恨みと哀しみの表情が悪夢
となって何時までも去らなかった。
「蝋人形館の悪夢」Xバージョン