喫茶店のガラス窓越しに見える、町行く若い女の子たちの軽やかな装いと足取りが、この
街にも春が来た事を告げている。通りの向かい側の花屋には、色とりどりの春の花々が店
先一杯に咲き誇り、その芳醇な香りの粒子が、ガラスを透過して確かに鼻腔を刺激するの
だ。
そんな昼下がりの気怠い午後の陽射しに包まれて、ゆっくりコーヒーカップを傾けながら、飽
きもせず外の景色を眺めていると、この陽気だと言うのにクリーム色のレインコートを羽織り、
まるで人目を忍ぶかのようにコートの襟を立てた女が歩いていた。年の頃は20代後半から
30になるかならぬかと言ったところだろう。長い黒髪が春の陽射しに、眩いくらい金色に輝
いている。もし注意深く見つめていたら、顔は襟で隠されてはいるが、かなりの美人であるこ
とが窺い知れた筈だ。そしてその表情は、まるで彼女だけ、まだ厳しい冬の季節に取り残さ
れているかのように重く沈んだものである事が見て取れたに違いない。
名前 早川由美子、28才、主婦。
犬飼吾郎の登録リストには、彼女について、ただそう記されている。
それで充分だった。
由美子は、商店街の中に在る雑居ビルの薄暗い階段を昇っていく。ひしゃげたコーラの空
き缶が転がり、煙草の吸い殻が散らかっている。ペンキの剥げかけた壁には怪しげなチラシ
がベタベタと貼り付けられ、すっかり色褪せた女の子が惜しげもなく大きなオッパイを見せな
がら何年前のかもわからぬ虚ろな微笑みを浮かべていた。つまり、どこの街にもあるような雑
居ビルだ。
三階の奥から二番目のドアの前に立つと由美子は軽くノックした。誰も返事はしないと分
かっているからそのまま中へと入った。そこには安物の事務机が四つ部屋の真ん中に並べら
れており壁際にはスチール製の書類棚が据えられている。ここの電話番兼雑用係兼会計
係の美奈子が電話の受話器に向かって、早口にまくしたてながら入ってきた由美子にちら
りと目をやった。
由美子は、美奈子にかるく会釈してみせると更衣室のドアを開いた。中では数人の女達が
一様に押し黙って服を着替えたり口紅をなおしたりしている。みんな美しい顔立ちの女ばか
りだ。だが由美子同様、その表情には暗い翳りがさしていた。そして、その細首にはまるで申
し合わせたかのように犬の首輪がはめられているのだ。女子大生の恵美が寂しげな眼差しを
由美子に向けて微笑んだ。由美子とはここで知り合いお姉さんのように慕っている。
由美子は優しく微笑み返しレインコートを脱ぐ。鏡に向かって化粧を確かめると後ろ髪を束ね
てポニーテールに結わえる。それは由美子の躊躇う心を切り替える自分自身への合図でもあ
った。準備が終わると美奈子の所へ、今日の仕事を貰いに行く。
「まったく猫の手も借りたいってのはこの事ね!はい、これが今日のあなたの担当先リストよ!
いつもより2〜3件多いから頑張ってちょうだいね!」
美奈子は早口にそれだけ言うと、由美子にメモを渡すや、再び電話の相手と話し始める。リス
トを受け取り、書かれた住所と依頼主の名前を確認する由美子。お得意先とも言える常連
の名前ばかりだ。来た時と同じにクリーム色のレインコートを羽織ると事務所のドアを開いて、
再び薄暗い階段を下りていく。虚ろな微笑みに見送られて今日もまた仕事が始まるのだ
30分後、由美子は大きな家の玄関先に立っていた。ガレージの中にピカピカに磨かれた外
車が2〜3台止まっていても不思議じゃない、そんな家だ。
ドアを開いて由美子を出迎えたのは、夫人だった。
「待ってたわよ!」
高そうな香水の匂いが辺りに漂う。
「早く、私のジョンちゃんを満足させてあげてよ!ホントあの切ない声で鳴かれると可哀想でい
ても立ってもいられないわ!」
夫人の見下すような眼差しを感じながら、由美子はその場で着衣をすべて脱ぎ捨て全裸と
なった。そして夫人の足元に四つん這いになる。
「ほほほ・・助かるわぁ〜、あなた達みたいなのが居てくれて・・ちゃんとした牝犬、世話して貰う
と、びっくりするくらいお金取られるんだから!あら、ご免なさい、あなたが犬以下だって言ってる
訳じゃないのよ。ほほほ・・」
由美子のポニーテールを掻き上げながら、首輪に鎖を付ける夫人の口元に傲慢な冷笑が浮
かぶ。
「さぁ、ジョンちゃんが首を長くして待ってるわ!こっちよ!」
鎖に曳かれ四つん這いで、夫人の後を這って歩く由美子。夫人の後ろ姿が涙で滲んだ。由
美子の生活からは、かけ離れた調度類が所狭しと並んでいる部屋を通って引き出された場所
は、青々とした芝生が午後の陽光に眩しい庭先である。
「ここで待ってなさい!」
犬に対するのと替わらぬ命令口調で、夫人は命じた。由美子は芝生に肘を突き背中を弓
なりに反らせて尻を高くもたげる。真っ白なヒップが眩しく輝く。
「ほ〜ら、ジョンちゃんの大好きな人間の牝よ!」
黒いシェパードが鎖を持つ夫人を曳きずるように、はぁはぁと舌を出して喘ぎながら、由美子を
めがけて駆け寄ってくる。由美子の突き出されたヒップの谷間に鼻先を突っ込むと、その牝の匂
いにクンクン鼻を鳴らすのだ。由美子はヒップをくなくなと振って犬に向かって媚びを売る。
「この前の若い牝より、ジョンちゃんは、こっちがお気に入りだったわよねぇ!さぁ、好きなだけ楽し
んでいいのよ!」
愛犬が人間の女の尻を抱いて、欲情の限りに腰を振る様子を夫人は、満足そうに眺めている。
「そう、そんなにこの牝が気に入ってるの?良かったねぇ・・また明日も呼ぼうねぇ〜!」
夫人は愛犬の頭を愛おしそうに撫でながら、激しい情欲を受け入れて、辛そうに歪んだ由美子
の顔を小気味よさげに見つめているのだ。
「ジョンちゃんが、こんなに喜んでるから、そうだわ御褒美にチップあげようかしら!ほらこれが欲しい
んでしょ?」
悔し涙で滲んだ由美子の目の前で、ひらひらと揺れ動く一万円札。
「ほ〜ら、欲しかったら、口で喰わえてお取りなさい!」
由美子は、一筋の涙を零し、そしてその一万円札を口に喰わえ取った。
「ほほほ・・あなた達が、一万円稼ぐのも楽じゃないんでしょ?その一万円の味噛みしめながら、
ジョンちゃんの欲情のすべてを受けとるといいわ!」
夫人の高らかな笑い声の中で、由美子の太股に獣の精液が伝い落ちるのも間もなくだった。
事務所では、やっと電話から解放された美奈子が、鼻歌を歌いながら午後の茶を入れている。
薄いドア一枚隔てた隣の部屋では、この事務所の主である吾郎が鉛筆の先で、耳の穴を掻
きながら競馬新聞を眺めていた。開け放した窓から入る春の心地よい微風がカーテンを揺らす。
吾郎は新聞を畳むと腕をいっぱいに伸ばして大きなあくびをした。
「さてと、たまには美奈子を誘って喫茶店で茶でも飲むか!」
吾郎は午後の陽射しに顔をしかめながら窓を閉めた。その窓には広告も兼ねて、こんな文字が
書かれている。
☆牝犬代行サービス☆
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