嘆きの代償

                                 狼堂 作


                夕暮れの微笑



10階建てビルの最上階のオフィスから窓越しに眺める夕暮れの光景は、息を飲むほど
美しいものだった。真っ白な飛行機雲が、あかね色の空のキャンバスにくっきりと一本
の線を描いている。

「それで、覚悟はお出来になったかしら?」

一週間前に、このオフィスの新しいオーナーになったばかりの小野寺摩耶は、空に浮か
ぶ飛行機の航跡を眩しそうに見つめたまま、そう言った。

「うぅっ・・」

真梨子が、うなだれたまま声を殺して啜り泣く姿が窓ガラスに映っている。

(うふふ・・・、あなたは私に負けたの・・)

摩耶の頬に冷たい微笑が浮かんだ。


愛原真梨子は、その才能と美貌をフルに活用して28歳の若さで、女性向けアンダーウ
ェアのブランドを立ち上げ全国的に、そのショップを展開するまでに大成功を収めたの
だった。しかし近年の不景気で、業績の奮わぬ日々が続いた。そして、とうとう巨額の
債務を負うこととなったのである。このまま倒産して多くの社員を路頭に迷わせるのは
真梨子にとっては耐え難い苦痛であった。そんな時現れたのが小野寺摩耶だったのであ
る。

摩耶と真梨子は同じ高校のクラスメートであった。どちらも成績優秀で美貌の持ち主と
あって、両者とも男子生徒の羨望の眼差しを注がれていたものである。そんな二人にい
つしか、お互い燃えさかるようなライバル意識が芽生えるのも自然な流れであった。や
がて高校を卒業するとそれぞれ一流大学に進学し、真梨子が婦人用アンダーウェアの会
社を創り社長になると、摩耶はベンチャー企業の若き社長と結婚し、その生来の才能で、
夫の会社を世界的な規模に拡げる為に大いに貢献していたのだ。

真梨子にとって他の誰よりも負けたくない相手、それが摩耶だった。その摩耶が真梨子
の会社を救える唯一の人間だと言う現実に真梨子は心を掻きむしられる思いであった。
一月前、突然真梨子のオフィスを尋ねてきた摩耶の話は本来なら到底受け入れることは
出来ない話であったろう。それは真梨子にとって余りにも屈辱的なものだったのだ。だ
が、他に会社を救う道が無いことが分かっている真梨子に残された道はもう無かった。


債務のすべてを立て替え、社員もそのまま雇用すると言う条件で真梨子の会社は、完全
に摩耶に引き渡されることとなった。摩耶が、新しいオーナーとしてビル最上階にある
オフィスの社長席に真梨子に替わって座ることになったのである。会社譲渡の手続きが
すべて完了した時、真梨子に残されているのは、摩耶への膨大な債務だけであった。そ
の返済の手段として、提示されたのが、摩耶の知人が営む人材派遣センターで仕事を貰
い一生かけても働いて全額返済すると言う余りにも辛いものだったのである。真梨子に
は一週間の猶予が与えられた。その間に他の返済の手だてを見つけられなければ、摩耶
の提案に従わねばならぬのだ。たった一週間で今の真梨子に何も出来ようはずもなかっ
た。

そして一週間が経った今、真梨子はかつて自分が社長として過ごしたオフィスで、新社
長として君臨する、長年のライバルであった摩耶の前に惨めな敗残者として立っている
のだ。


「じゃ、ここに紹介状書いて置いてあげたから、明日にでも出向いてちょうだいね。」

摩耶はデスクの抽出から茶封筒を拾い上げて差し出した。受け取る真梨子の手が湧き上
がる屈辱感に震え、悔しさに涙がこぼれ落ちる。

「さぁ、もう帰って良いわ!」

切り捨てるような冷たい声で言い放つと、真梨子に背を向け再び窓から夕焼け空を眺め
る摩耶。飛行機雲は、すでにその凛とした形を失い、ぼんやりと滲んだ帯雲へと姿を変
えて、やがて来る薄紫の夜の帳の中に溶け込もうとしていた。わっ!と泣きながら小走
りにオフィスから飛び出す真梨子の後ろ姿が、夕暮れの光景に重なる。

(うふふ・・、今度会う時、あなたがどんな惨めな姿になってるか楽しみだわ。)

摩耶は唇を曲げて微笑んだ。



                美肉派遣業



 グレーのビジネススーツをきりっと着こなした愛原真梨子は底知れぬ不安に押し潰さ
れそうになりながら、冷たいドアに手を伸ばした。教えられて訪れた、その建物は摩耶
の人材派遣センターと言う言葉から想像していたものとは余りにも懸け離れていたので
ある。二階建ての黒ずんだコンクリートの外壁には、所々ひびが入り表の出入り口以外
は格子の嵌められた小さな窓があるだけの見るからに殺風景な建物であった。ドアの分
厚い磨りガラスには、「女性スタッフ派遣事務所」と剥げ掛けたペンキで書かれている。
暗い予感を振り切るように大きく息を吸い込むと真梨子はドアを開けて中へと入って行
った。

 ドアの向こうは、長椅子がひとつ置いてあるだけの、どこか小さな病院の待合室を思
わせる陰気な空間であった。右手の受け付けと書かれた窓口越しに、紺色の事務服を着
た若い女の子が、品のない笑い声をあげながら、もう一人の中年の女性と盛んにお喋り
している。真梨子は、摩耶から受け取った紹介状を出しながら、おずおずと窓口の女の
子に声をかけた。

「あ、あの、小野寺摩耶さんから、こちらを紹介して頂いた愛原真梨子と申します。」

お喋りを中断した二人は興味深そうな視線を真梨子に投げる。

「あら、愛原さんね、お話は伺ってますわ。そちらのドアから中へどうぞ。」

女の子は、そう言うとインターフォンに小声で何やら話しかける。ドアへと向かう真梨
子の背後で二人がクスクス笑っていた。


               @@@@@@


ドアを開いた真梨子は顔色を変えて立ちすくんだ。そこには10人ばかりの全裸の女達
が羞恥に身を震わせて立っていたのだ。女達は20代か30代であろうか年齢も様々だ
った。皆乳房と股間を両手で隠しながら今にも泣きそうな顔で横一列に並んでいる。そ
の前には大きな机があり、そこに此処の所長である光村憲子が冷酷そうな笑みを浮かべ
て座っていた。白いビジネススーツに身を包んだ憲子はきりっとした顔立ちの40歳ほ
どの女性である。その横には受付にいた女達と同じく紺の事務服を身につけた2人の女
が控えている。

「あなたが、愛原真梨子さんね?摩耶さんからお話は良く承ってますわ。さぁ、あなた
もご遠慮なく素っ裸になってお並びなさいな!」

余りにも常識はずれな憲子の言葉だった。

「こ、これはどう言うことですの!私がどうして裸にならないといけないんですか!」

憤りに顔を上気させて抗議する真梨子。

「うふふ・・どうやらあなたは何にも聞かされてないようね!じゃあ説明してあげるわ。」

憲子はサディスティックな喜びに妖しく瞳を輝かせながら席を立つと、ゆっくり並んだ
女達の前を歩きながら話しを続ける。

「今、此処に並んでる女達はね、みんな多額の借金をして、それが払えない不良債務者
なのよ。借金を返せない者は自己破産でも、なんでもすれば済むかも知れないけど、そ
れで終わりじゃ貸した方は、たまったもんじゃないわよねぇ?そこで債権者の立場に立
って創られたのがこの事務所って訳ね!まぁ表向きには『女性スタッフ派遣事務所』っ
て名称で普通の人材派遣もやってるんだけど本業は『女性不良債務者更正施設』とでも
言った所かしら・・うふふ・・」

この後聞かされた憲子の話は真梨子にとって身の毛のよだつような怖ろしい話だった。
此処に集められる女は、それぞれの債権者によって、この施設に送り込まれその債務を
完全に果たすまで強制的に働かされるのである。ここでは債権者は、それぞれの女達の
オーナーとなり女達が労働で得る賃金の6割を受け取り、残りの4割を憲子の事務所が
管理手数料として受け取る仕組みになっているのだ。

「それからね、あなた達のような者が楽な仕事で稼げる程、世の中甘くないわよ!山奥
や離れ島の機械も持ち込めないような工事現場で肉体労働してもらうから覚悟しときな
さいね!あら、別に意地悪で言ってる訳じゃないのよ!そんな場所での肉体労働なんて、
今どき誰も働き手が居ないでしょ?その分日当も高いのよ。その方があなた達の返済も
早く終わらせられるってもんじゃない、そうでしょ?うふふ・・・」

(おまえ達が泥まみれになって働けば働く程、こちらは儲けさせて頂けるって訳よ!)

心の中でほくそ笑む憲子。憲子の話を聞きながら女達は肩を震わせて泣いている。真梨
子は唖然として言葉も出なかった。

「これで、あなたの立場が飲み込めたでしょ?あっ、そうそう何故裸にならなきゃなん
ないか、説明して欲しかったのよね?それはね、これからあなた達は稼いだお金をすべ
て返済にあてないといけないの。服なんて買える余裕はないし、第一そんな贅沢言って
られる身分じゃないでしょ?裸で働くことが債権者への誠意の証じゃないの!」

「そ、そんな・・酷い、酷すぎるわぁ!」

泣きながら、その場にくずおれる真梨子

「どうやら、一人じゃ脱げないようね!あなた達手伝って差し上げて。」

憲子は冷酷に微笑みながら、側に控える二人の事務員に指図するのだった。泣き喚いて
抵抗する真梨子のビジネススーツが二人の女性事務員の手で非情にも剥ぎ取られていく。
そしてついに最後の一枚のパンティーが毟り取られた。

「あら、とっても高そうなスーツね、それにパンティーまで高級品ね!これも愛原ブラ
ンドのものかしら?」

憲子の嘲笑に真梨子の泣き声が一層高まる。

「これは、こちらで預からせて頂くわ。なにも素っ裸で働けって言ってる訳じゃないか
ら安心なさって。ブランド品とは程遠いけど今後は、これを着用して頂くわよ!」

目線で合図を送られた事務員が、用意してあった段ボールから取り出した物は小さな布
きれだった。

「ひぃーーーっ!そ、それは・・・」

真梨子の目が小さな布きれに釘付けとなる。

「あぁ〜っ」

全裸で並ばされた女達の口からも絶望的な悲鳴があがった。それは憲子達が嘲笑を込め
て「貝隠し」と呼ぶ細いゴム紐に恥部を覆い隠すには余りにも小さな三角の布きれが付
いているだけの卑猥な女性用の下着であった。

「さぁ、これからあなた達が身に付けることを許される唯一の物よ。ありがたく履かせ
て頂きなさいな!」

クスクス笑いながら事務員の二人が「貝隠し」を配って廻る。

「こ、こんなもの履ける訳ないわ!私達の人権はどうなるって言うのぉ〜!」

悲痛な泣き声で最後の抵抗を見せる真梨子に憲子は冷たく言い放つ。

「人権なんて言葉は返す物返してから言うことね!履きたくなきゃ、履かないと良いわ!
素っ裸でまんこ晒して働きなさい!あはははは・・」

憲子は、さも愉快そうに高らかに笑うのだった。



             地獄への片道切符


 

 そして一時間後、真梨子を含め女達全員が惨めな「貝隠し」を身に付けて憲子の前に
立っていた。あれから女達は全裸のまま両足を大きく拡げ腕を頭の後ろに組む奴隷のよ
うな立ちポーズで、前、後ろ、横からと3枚の写真を撮られて労働契約書に署名をさせ
られたのである。3枚の写真は契約書に添付され、それぞれの債権者の元にも送られる
のだ。すでに真梨子は絶望的な状況の中で観念し、抵抗する気力も失せ果てていた。

「契約書に署名した以上、これから一切の口答えは許さないわよ!命じられた事には直
ちに従うこと!わかった?返事は?」

羞恥と恐怖で、身を竦めながら俯いているだけの女達に憲子は厳しい怒声と共に一番近
くに立っている女の尻を、思い切り平手で打ち据えるのだった。パシーンという音と共
に女の悲鳴が部屋中に響き渡る。

「は、はい!」

契約書に署名する前と後で、がらりと豹変した憲子に怯えきった顔で一斉に返事をする
女達。

「全員、気をつけ!」

厳しい憲子の声が飛んだ。弾かれたように直立不動の姿勢になった女達へ憲子は更に怒
声を浴びせる。

「だれがそんな気をつけをしろって言った!両手は頭の後ろに組んで、足を拡げて思い
切り腰を突き出すのよ!それがおまえ達の気をつけだから、良く覚えとくのね!」

女達は、泣きそうな顔で一斉に言われた通りの惨めな気をつけ姿勢をとるのだった。真
梨子も屈辱に唇を噛みしめながら精一杯に腰を突き出す。

「うふふ・・、真梨子!「貝隠し」が良くお似合いじゃないの!」

(うぅっ!)

真梨子の恥部に食い込む小さな布きれは、亀裂を隠すのが精一杯でそこから陰毛がはみ
出しているのだ。それに加えて、三角に切り抜いた白い荒布を大雑把にゴム紐に縫いつ
けただけの粗悪な作りが惨めさを一層掻き立てていた。

「さて、まだお互いの自己紹介が済んでなかったわねぇ!これから一人ずつ挨拶しても
らうわよ!名前と年齢、此処に来る前の職業身分を簡潔に大きな声で、はっきり言うこ
と!わかった?」

「はいっ!」

憲子の厳しい声に、女達はまるで軍隊のように一斉に返事をする。

「うふふ・・、それじゃ光村流挨拶を教えてあげる。これはこの先何度もやる機会があ
るんだから良ぉく覚えておくのよ!では、一番最初は久美子からやって貰うわよ!そこ
の台の上にお乗りなさい!」

部屋の端っこに四角い木箱が用意されていた。久美子と呼ばれた女は震えながら恐る恐
るその木箱に足をかける。木箱の上は一メートル四方位の広さである。

「乗ったら、こっちに背中を向けて足を大きく開きなさい!そうそう、そしたら今度は
前屈みになって掌を木箱の台に付けるの!」

「いゃぁあーーーーっ!」

見ている女達の口から思わず悲鳴が漏れる。それは余りにも恥辱的な格好に他ならなか
った。
狭い木箱の上で四つん這いになった久美子の真っ白なヒップが屈辱にヒクヒクと痙攣し、
突っ張った四肢がガクガクと震えている。秘部を覆う三角の布きれから伸びる細紐が尻
の穴に喰い込んでいるのまで丸見えだった。

(ひぃ〜〜〜〜っ、あんまりだわぁあーーっ!)

真梨子は、女にとって酷すぎるポーズを強いる憲子に、怒りを覚えながらも、どうする
ことも出来ぬばかりか、やがて自分もあの姿になるのだと思うと、情けなさと屈辱で涙
が零れた。

「さぁ!自己紹介始め!」

憲子の号令が掛かる。その手には、いつしか事務員から手渡された竹刀が握られていた。

「あぁっ!新藤久美子・・26歳・・で、ございます。み、皆様宜しくお願い致します
っ!」

羞恥に声を震わせて涙声で叫ぶ久美子。その久美子の双臀に憲子の竹刀が容赦なく打ち
据えられる。

パシーーーーーーン!

乾いた音が高々と鳴り響く。

「あひーーーーっ!」

久美子の口から絶叫がほとばしる。。

「元の職業身分を言えって、教えた筈でしょ?
それに声が小さい!やりなおし!」

憲子の罵声が飛んだ。

「し、新藤久美子・・26歳・・も、元・・黎明女学院英語教師でございますっ!み、
皆様宜しくお願い致しますっ!」

「もっと、大きな声で!」

再び憲子の竹刀がヒュッと空を切って久美子の双臀に打ちつけられる。

「うぎゃぁ〜〜〜〜っ!」

竹刀で尻を撲たれながら声を嗄らして死に物狂いに叫ぶ久美子の凄絶な姿は、女達を戦
慄に身震いさせた。そうして過酷な自己紹介が一人、また一人と続けられていく。


小柳早苗   32歳 建設会社社長婦人
坂上美智子  29歳 料亭女将
辻村和美   26歳 看護婦
園田美佐子  30歳 美容師
北原洋子   25歳 銀行OL
杉本まり子  29歳 弁護士
牧原由美子  34歳 病院院長婦人
柏木忍    27歳 デザイナー
   

かつては真梨子同様、社会的に成功した女、或いは倒産した事業主の若妻、恋人に騙さ
れ借金の肩代わりを押しつけられた女、知らぬ間に亭主が、こさえた借金の為、債権者
に引っ立てられて泣く泣く此処へ連れてこられた人妻等々、非情なる金権社会に呑み込
まれて地獄へと堕とされてゆく哀れな贄の花達であった。

そして、順番はとうとう真梨子に廻ってくる。屈辱の四つん這い姿で量感に溢れたヒッ
プを惨めに突き出し、震える声で挨拶する真梨子。ちょうど休み時間ででもあるのか、
表の受付にいた若い女の子と中年の女性を始め、数人の事務員たちが、ぞろぞろと現れ
て真梨子の無様な姿を面白そうに見物しているのだ。

「きゃーっ!見てよ、あの格好!さっき高そうなスーツ着て受付に来た女じゃないの!
きゃはは・・信じらんないわぁ!きゃははは・・」

女の子は下品な笑い声をあげながら真梨子の股間を指さして笑い転げている。

「あら、あんたこれ見るの初めてだったっけ?あれがうちの名物「貝隠し」よ!」

中年女が、おどけた口調で説明する。

「いやぁねぇ、そのまんまじゃない!お尻の毛まで、はみ出てるわぁ〜!」

(くぅうーーーっ!見、見ないでぇ〜〜〜っ!)

全身の血が逆流するような屈辱感に身悶えする真梨子。そんな嘲笑の眼差しに取り囲ま
れて、憲子に尻を叩かれながら、大声で自分の名前と年齢ばかりか、元の職業身分まで
何度も何度も叫ばされる辛さは尋常なものではなかった。

「どう?これで少しは自分の身の程がお分かりになったかしら?いつか摩耶さんの前で
も、こうして御挨拶させてあげるわ!」

号泣する真梨子を心地よげに見下ろして冷たい微笑を浮かべる憲子。哀れな女達にとっ
て、これは、まだまだ地獄の入り口に過ぎなかったのである。



   






               
地獄の天女



 

 



 鬱蒼と木々の生い茂った山道を、大きな籠を背負った一人の中年女が歩いていた。ま
だ日暮れまでには時間があるが、わずかに枝葉の隙間から差し込む陽射しだけで辺りは
薄暗い。鳥の囀りと、谷間を流れる川の音だけが、いやに耳に付くのであった。

女の名前は八重子。この山の麓に住んでいる。先年、夫を亡くし、今は一人寂しく余生
を送っていた。小さな畑で野菜や花を育てる傍ら、山深い場所にある採掘場まで、こう
して食料や雑貨を運ぶのが仕事なのだ。手拭いで額の汗を拭いながら、なお暫く歩くと
ようやく明るい陽射しの中に出た。
 
そこには小学校の運動場くらいの平地が開けていて、材木とトタンで造られたかなり大
きな資材置き場とプレハブの建物が3棟並んでいる。平地の東側は山を切り崩して出来
た崖っぷちになっていて、横幅が2メートルばかし、そして人の背丈より少し高いくら
いの真っ黒な穴が3つ口を開けていた。それぞれの口から吐き出されるように2本のト
ロッコレールが10メートル程延びている。この穴の近くを通る時、八重子の耳にパン
パンと言う乾いた音が穴の奥深くから響くのが聞こえてきた。

(まぁ、まぁ、また女達が尻から姦られてるのねぇ。可哀想に・・)

 八重子は、三ヶ月前の事を思い出しながら調理小屋へと歩いて行く。今日と同じよう
に穏やかな昼下がり、今来たと同じ山道を八重子は道案内しながら、あの女達と歩いて
いたのだ。今思い出しても、それは八重子にとって、まるで夢の中の光景に思えるのだ
った。薄暗い山道の中で、ちらちらと木の葉越しに差し込む陽射しに女達の白い肌が眩
しく光る。派遣事務所から来たと言うスーツ姿の一人を除いて女達は皆、裸だった。そ
の腰からは、細い紐一本が喰い込むように股間に伸びて小さな布きれと繋がっていた。
布きれからはみ出した陰毛が艶々と艶めかしかった。八重子が最も驚いたのが、女達が
いずれ劣らぬ美人揃いだった事である。

(こんな美人が、何の因果で、ここまでに堕ちぶれてしまったんだろうねぇ・・)

女達の剥き出しの双臀が歩く度に悩まし気にうねる。鳥の囀りと川音しか聞こえない山
道で、木漏れ日の中、時折ちらちらと真っ白に輝く女達の姿は、どこか現実離れしてま
るで天女の群れを思わせた。

(あの時は、本当に天女と見まがう程、美しかったねぇ・・)

そんなことをぼんやりと思い出しながら八重子は、ようやく調理小屋に辿り着いた。


 この採掘場には、小型トラック一台がやっと通れるほどの細い道が一本通じているだ
けだった。麓の里から登って来るには例の山道を辿るのが一番近いのである。どちらの
道も、土地の者が使うことは滅多に無い。ここでは十数人の男達が働いていた。こんな
山深くで厳しい労働に従事するくらいであるから、どの男も過去に傷ある、やさぐれた
連中ばかりであった。世間から隔絶された辺地の事とて、楽しみと言えば酒と仲間同志
での博打ぐらいしかなく、酔った勢いでの喧嘩沙汰は日常茶飯事である。過去に幾たび
か警察の厄介になったこともあった。

こんな状況の中、採掘場の事業主は闇のルートを通じて光村憲子の事務所に、女体労働
者派遣の依頼をしたのである。労働力としては勿論のこと、男達のあり余った情欲の捌
け口となる女体労働者は、これ以上厄介な警察沙汰を起こさぬ為にも、持ってこいの存
在だった。そしてその効果は予想以上に素晴らしいものとなるのだ。
 
一方この採掘場の新しい労働者として迎えられた女達は憲子に叩き込まれた、あの屈辱
的な自己紹介で新入りの挨拶をさせられた時、にやけた顔で、ぎらぎらと欲情に目を輝
かせながら、女の震える双臀を喰い入るように見つめる男達の姿に、これからの日々が
単なる肉体労働だけではなく、牝に飢えた獣のような男達の餌食となって過ごさねばな
らぬ事を哀しくも悟らされたのであった。


かたかたと調理小屋の戸を開けた八重子は思わず頓狂な声をあげた。

「あれ、あれ、まだお日様が出てる内からお盛んだねぇ!」

狭い小屋の片隅には小さなタイル張りの流し台が据えてあり、その上の棚板には大小様々
な鍋や、やかん等が置かれている。今その流しの前には一人の女が、あの「貝隠し」姿
の上からエプロンだけを身につけて俎板の上の大根をきざんでいた。そしてその後ろに
は、赤黒く日に焼けてでっぷりと太った男がにやにやと笑みを浮かべながら木箱の上に
腰掛けて大根を切るたびに揺れ動く女の尻を楽しそうに眺めているのだ。八重子が声を
あげたのは、その男の股間にうずくまった別の女が、じゅるじゅると淫らな音を立てな
がら、どす黒い男根を懸命に舐めしゃぶっているのを見たからだった。

「おぅ、八重さんかい!、いつも御苦労だなぁ。この前頼んどいた物、今日は持ってき
てくれたかい?」

「あぁ、ちゃんと持ってきてやったやったよ!でも、あんたが、そんなにバナナ好きと
は知らなかったねぇ、その顔はバナナって顔じゃないよ!」

八重子はけらけらと笑った。

「なに言ってやがる!そう言うおめぇだって人のこと笑ってられる顔じゃねぇだろ!」

二人は、そんな会話を交わしながら、げらげら笑っている。男はこの採掘場の監督を任
されていて名を利蔵と言う。

「それにしても、明るい内から、こんな美人に
ちんぽしゃぶらせるなんて、あんたも罪な男だよぉ!あはは・・」

「なぁに、これも、こいつらの仕事の内さね。借金返す為には、喜んでちんぽもしゃぶ
るんだとさ!そうだろ、由美子?」

髪を掴まれて顔を引き起こされた由美子が、媚びを湛えた眼差しで利蔵を見上げながら、
泣きそうな顔に必死な笑みを浮かべて答える。

「は、はい、その通りでございます!」

(可哀想に・・ここに来てから随分虐められてるんだろうねぇ)

八重子は心の中で呟きながら、流し台に目を遣り、もう一人の女に声をかけた。

「今日の炊事当番は早苗さんかい!大人数だから作るのも大変だねぇ。」

早苗は八重子の方に振り向き哀しい微笑みを浮かべるとそのまま炊事を続けるのだった。
細いうなじと背中の窪みが女の哀しさを語っているようで、八重子は胸が詰まった。

「それじゃ、私はもう帰るよ。明日は雨が降るから来られないかもしれないねぇ・・」

切なくなった思いを振り切るように八重子は、そう言いながら空になった籠を担いだ。

「こんなに良い天気だってぇのに、明日は雨になるのかい?」

利蔵は由美子の頭を掴んで最後の追い込みとばかりに激しく前後に突き動かしている。
辛そうな由美子の呻きが喉から漏れる。

「向こうに見える地蔵岳に雲が掛かってるだろ。あんな風に雲がかかる翌日は、必ず
雨になるんだよ。」

「ほぉー、そうかい。今までちっとも知らなかったぜ。」

雨と聞いて、早苗の顔が哀しく曇ったのを八重子は気づかなかった。雨が降る日は採
掘の仕事は休みになる。そんな日は男達は昼間から酒盛りを始めるのだ。そして余興
として女達に淫猥な芸を演じさせるのがお決まりであった。男達の獣のような欲情の
眼差しの中で、性器や肛門を使った様々な淫芸を披露し、御機嫌をとらねばならぬの
である。採掘現場での過酷な肉体労働以上に女達には辛いものだったのだ。

「じゃあ、また来るよ。」

そう言い残して八重子は調理小屋を出ると、麓の我が家へと来た道を戻り始める。あ
の穴の奥からは男の怒鳴り声と女の啜り泣きが、遠い地の底から運ばれてきたかのよ
うに微かに微かに聞こえていた。