銀鎖の契約         作 狼堂





世の中の興味の移り変わりは目まぐるしいものだ。昨年の今頃、あれほど世間を騒
がせた、美人弁護士愛原瑶子の失踪と、ニュースキャスター千草美雪の自殺事件そ
して、その後のスキャンダラスな一連の騒動も、今となってはときおり思い出した
ように、週刊誌の片隅で取り上げられるばかりである。そのすべての真相を知る者
は誰一人いない。この出来事を背後で操っていた、ある人物を除いては・・・
これは悪魔と出逢ってしまった二人の女の物語である。




オンエアーのランプが消えると、親しげに語らいながら二人の美女がスタジオから
歩み出てきた。美人キャスターとして人気上昇中の千草美雪と弁護士の愛原瑶子で
ある。この日は美雪がメインキャスターを勤めるニュース番組に法律問題の専門家
として瑶子がゲストに招かれていたのだ。

愛原瑶子は28歳と言う弁護士としては若手ながら、その辣腕ぶりは広く認められ
すでに個人事務所を持つまでに成功を収めている。凛とした顔立ちからは才気が溢
れ出るようだ。今回、美雪の番組に招かれたのも、数ヶ月前に美雪本人が巻き込ま
れた不愉快な出来事を、瑶子が弁護士として助けてあげたのがきっかけだった。

その出来事とは、あるアダルト雑誌に美雪が温泉での入浴シーンを隠し撮りされ、
その写真を無断掲載されたのである。人気キャスターの盗撮写真と言うことで当時
大きな話題にもなったが、元々負けん気の強い美雪は知人に紹介された女性弁護士
の愛原瑶子と共に裁判で徹底的に戦う事にしたのだった。その結果、出版社側は雑
誌回収と謝罪文の掲載を余儀なくされたばかりか、多額の賠償金を支払うはめにな
ったのである。


その後、二人は年齢的に同じ事もあって、親しい友人として付き合うようになった
のだが、こうして仲良く談笑しながらスタジオを後にする二人には、やがて降り掛
かかる悪夢を知る由もなかった。




      ・・・そして悪夢の開始が告げられる・・・




机の上に置かれた郵便物の束を、差出人を確認しながら選り分けていた瑶子の手が
一瞬止まった。それはピンクで縁取りがされた白い封筒だった。裏を返してみると
差出人の欄には★★出版と書かれている。

(こ、これは・・美雪さんを盗撮した、あの出版社じゃないの!今頃何のつもりで
こんな手紙を・・)

不審な思いで封を切る瑶子。中には一枚のカードが入っていた。それを見るや瑶子
の美貌が、みるみる怒りの色に染まった。

(い、悪戯にもほどがあるわ!いまさらこんな馬鹿げたもの送りつけて!・・)

思わず破り捨てようとした手を止めて、冷静さを取り戻す為にじっと目を閉じた。

(ふふふ・・、私の事を甘く見ないでよ。この前痛い目に遭わせてあげたばかりで
しょ?これは証拠物件として保管させて頂くわ。今度はあの程度じゃ済まさない!
・・・)

絶対に許さない!瑶子の目が開かれた時それは強い意志で輝いていた。カードを封
筒に戻すと鍵の付いた机の抽出に放り込む。瑶子には、真っ暗な抽出の中で、あの
カードの文字がぼんやり青白く明滅しているように思えてならなかった。


 愛原瑶子殿

 おめでとうございます。
 
 この度、あなたの肛門は、「ジャパン・アナル・コレクション・ソサェティ」に
 おいて正式に登録される運びとなりました。
 
 近日中に詳細をお伝えする予定です。

 あなたの肛門に磨きをかけて、その日を楽しみにお待ちください。

                         ★★出版 
                         JACS運営理事局



       ・・・悪魔は微笑みながら・・・




瑶子の事務所に依頼人が尋ねてきたのは、例のおぞましいカードが届いてから二
日後のことだった。淡いグレーの背広に水玉模様のネクタイを締めている。穏や
かな物腰からは紳士と言う言葉がお似合いの男である。痩せて背の高いその男の
彫りの深い顔立ちはどこか日本人離れしている。手渡された名刺には某総合商社
取締役との肩書きと共に矢影周蔵と言う名前が印刷されていた。仕事上の法律的
問題で是非相談に乗って頂きたいとの言葉に瑶子は何の疑いも抱かなかったので
ある。

しばらく和やかな雰囲気の中で会話が進んだ。そして法律関係の本がぎっしり詰
まった書棚から一冊の本を取り出そうと瑶子が男に背を向けた時、男はするりと
瑶子の背後に忍び寄ると、背広のポケットから取り出した白い布で瑶子の口を塞
いだのである。うっ、とくぐもった一声をあげた次の瞬間、瑶子の体は男の腕の
中に吸い込まれるように倒れていく。

(ふふふ・・、少しの間、眠ってて頂きますよ。)

意識を失った瑶子の胸元で弁護士バッジが、キラリと光った。


朦朧とした意識の中から、ようやく目覚めた瑶子には天井から吊されたシャンデ
リアの淡い光が太陽のように眩しく感じられる。どうやらソファの上に横たわっ
ているのが分かった。記憶が蘇ると同時にハッと飛び起きる。女の本能で着衣を
確認する瑶子。濃紺のスーツジャケットとスカート、白のブラウス、どうやら異
常はないようである。落ち着きを取り戻した瑶子は辺りを見回して、その奇妙な
空間に驚きの表情を浮かべる。六畳程の窓一つ無いその部屋は壁という壁、床や
天井まで、一面の真紅の天鵞絨が張られているのだ。瑶子の座っているソファの
前には楕円のテーブルが置かれている。それはどこか中世ヨーロッパを思わせる
重厚なデザインで装飾されていた。そしてその向かい側には、やはり瑶子の座っ
ているのと同じソファが置かれている。家具らしい物はその他には見あたらなか
った。

(い、一体ここは何処なの?何のために私をこんな所へ?・・・)

考えれば考えるほど、瑶子の頭は混乱していく。その時だった、ぎぎっとドアの
軋む音と共に、男が姿を現した。

「どうやらお目覚めのようですね!愛原先生」

黒のタキシード姿にポマードで髪の毛を撫でつけているその男は、事務所で見た
時とはガラリと印象が変わっているが矢影周蔵に間違いない。

「あ、あなたは・・一体これはどう言う事ですの?ちゃんと説明して!」

持ち前の気丈さで、矢影を睨み付けると厳しい声で瑶子は言い放った。

「ふふふ・・怒った顔もなかなか素敵ですよ、愛原先生。まぁ、怒られても無理
はありません。では御説明致しましょう。先日お送りした案内状は御覧になって
頂けましたでしょうね?」

瑶子の表情がみるみる怒りに変わる。

「分かったわ!総合商社の取締役なんて真っ赤な嘘!あなたは★★出版の人間だ
ったのね!こんな事してただで済むとでも思ってるの!今度は罰金くらいじゃ済
まないわよ!覚悟しておくのね!」

瑶子の凛とした言葉にも動ずる様子もなく、矢影はゆっくりと向かい側のソファ
に腰を降ろした。テーブルに肘を付いて左右の指を組むと、じっと瑶子の顔を見
つめるのだ。真紅の天鵞絨に反射したシャンデリアの明かりが矢影の痩せた頬を
ぶきみに染めている。それは瑶子に悪魔メフィストを連想させた。

「愛原先生の御推察は半分正解、半分ハズレと申しておきましょう。★★出版は
私のビジネスでは、水面に浮かんだ、ほんの小さな氷山の一角にしか過ぎないの
です。そしてその下に広がる目に見えないアンダーワールドこそ、私の真のビジ
ネスの場なのですよ」

瑶子には話の意味が理解できなかったが、この奇妙な空間に響く独特な癖のある
矢影の声が不愉快でならなかった。

「おっしゃってることが、良く分からないわ!そんなことより、どう言う積もり
で、あんな悪戯なさったのか、いえそれどころかこれは立派な誘拐罪になるわね!
事と次第によっては、告訴してあなたを刑務所に送ることだってできるのよ!」

異様なこの部屋の雰囲気に気押されてなるものかと瑶子は矢影を睨み付ける。

「なるほど、聞き及んでた通りの勝ち気な方だ」

そう言って矢影は笑った。

「では案内状の事からお話しましょうか。愛原先生は悪戯とおっしゃるが、とん
でもない!あれは正真正銘本物の案内状なのですよ!弁護士愛原瑶子の肛門は正
式に我々のソサェティのコレクションに相応しいと全会一致で認定されたのです
からね!」

瑶子は開いた口がふさがらなかった。

(この男は、頭が狂ってるのに違いない・・)

「そ、そんな馬鹿げた話を聞きたいんじゃないわ!あなたは頭がどうかしてるん
じゃなくて!」

瑶子は語気を荒げてテーブルを叩いた。

「私の話が荒唐無稽に聞こえますか?ははは・・・。いいでしょう、まぁとにか
く最後まで話を聞いてください。そうしたら愛原先生にも納得して頂けるかもし
れません」

そう言って相変わらず不気味な笑みを浮かべながら矢影は話を続ける。

「まず最初にソサェティの説明から始めましょう。世の中には実に様々なフェチ
ズムに溢れているのです。特に女性の体を考えた場合、指先から爪先までそのす
べての肉体的パーツが、その対象になると言っても良いでしょう。手、足、乳房
耳、うなじ、ヒップ、もちろん性器に至るまですべてです。その中で最も我々の
興味を惹き付けるのが肛門だったと言う訳です。では何故肛門なのか?猿の世界
こんな話があります、猿同志の間ではお互いの力関係による優越が厳格に守られ
ていることは愛原先生も御存知なのではないでしょうか?時には、その生存すら
を左右するのです。そんな猿同志の間で弱い猿が強い猿に恭順の意を表す方法を
御存知ですか?ふふふ・・弱い猿は自分の肛門を見せて恭順の意を表すのですよ
!」

矢影はにっこりと笑うと一呼吸おいた。

「人間の世界では、プロのストリッパーの話を聞いてみると他人に性器を見られ
るより肛門を見られる方が、その何倍も羞恥を感じるのだそうです。だがこれは
ストリッパーに限らず我々みんながそうなのではないでしょうか?性器より恥ず
かしい存在である肛門とは一体何なのでしょう?先程の猿社会の話と言い、突き
詰めて考えていくと大変、興味深い問題だとは思いませんか?」

この異様な空間と矢影の奇妙な話のせいか、瑶子の中から急速に現実感が失われ
て行く。

「少し話がずれましたね、本題に戻しましょう。要するに肛門フェチなる人間が
この世には驚くほど大勢いるのです。こんな話をすると世間では変態扱いされか
ねないのですが、私はそうは思いません。人間なら誰しもなにかしらのフェチズ
ムを持っているものです。それが女性の肛門だったとして何の不思議があるでし
ょう?現にこのソサェティ運営委員会のメンバーも大学教授、医師、大企業のオ
ーナー、果ては政治家の先生方まで参加されているのです。皆さん世間では尊敬
と名声を集めておられる方々ばかりなのですよ」

瑶子には矢影の一見穏やかな眼孔の奥底で、ちろちろと赤い炎が揺らめいている
ように感じられてならない。得体の知れぬ寒気が背筋を駆け抜けた。

「そろそろ御理解頂いたと思いますが、女性の肛門に限りない執着を持つ肛門フ
ェチの方々の為に設立されたのが、この『ジャパン・アナル・コレクション・ソ
サェティ』略称JACSなのです!ところで愛原先生は先の一件で、★★出版を
手痛くやっつけられましたが、そこで出してる『肛門倶楽部』って雑誌を御覧に
なったことがありますか?あはは・・失礼!そんな破廉恥雑誌を御覧になる筈も
ありませんね!その雑誌で『あなたの肛門みせてください!』なる企画モノが人
気シリーズとして掲載さているんですが、いや驚きました!わずかな謝礼金欲し
さに、今どきの若い女の子は平気で自分の肛門を写真に撮らせるんですから!こ
の国の羞恥心とやらは、いったい何処へ行ってしまったのでしょうね?まったく
嘆かわしい限りです!」


まぁ、私が嘆くのも可笑しな話ではありますが、と矢影は笑った。

「我々が求める肛門とは、金を払えば見せてもらえるような安っぽい肛門ではあ
りません!容姿、教養、社会的地位を兼ね備えた一流の女性の一流の肛門なので
す!そんな素晴らしい肛門を一堂に集めて鑑賞できるなんて、まさに夢のような
話だと思いませんか?」

そう言って矢影は、突き通すような眼差しで瑶子の目を見つめるのだった。

「そ、そんな、狂気めいた話が実現する訳無いじゃない!まさに夢物語ね!これ
以上あなたの狂った妄想話にお付き合いするつもりはありません!帰らせて頂き
ます!」

(どうやら、この男に必要なのは精神病院で治療を受けさせることみたいね・・)

瑶子は頭のイカれた人間に、これ以上付き合うのは時間の無駄だと悟ってソファ
から立ち上がった。

「まぁ、待ってください!私の話が妄想かどうか、是非これを見て判断して頂き
たい!」

タキシードの内ポケットから矢影が取り出した物は、銀色の小さなリモコンだった。
ボタンの一つに触れると微かな電動モーターの音と共に矢影の、ちょうど背後にあ
たる天鵞絨張りの壁の一部が動き出し、そこから大きなモニター画面が現れた。

瑶子の視線が自然とそのモニターへ向けられる。やがてその視線はモニターに吸
い込まれるように釘付けになるのだった。



         ・・・・そして敗北の時は・・・・




モニターに最初に映し出された光景は、どうやら何処かのバーのようであった。雑
然とした話し声に混じって趣味の良いジャズナンバーが流れている。カウンター席
には数名の男性客がグラスを片手に思い思いの時を過ごしている、そんな風情だ。
やがてカメラが回転し、カウンターの向かい側へと視点が移動した。そこには、床
から一メートル程せり上がった円形の台が据えられ、その円形の台に繋がるように
一本の通路らしきものが、ピンクのカーテンがおろされた壁に向かって伸びている。
そして、それを取り囲むようにして大勢の客が、ある者はグラス片手に、ある者は
煙草をくゆらせながら何事かが始まるのを待っているようだった。どうやらここは
外国にはよくあるストリップバーのたぐいで、客達が取り囲んでいるのは舞台と花
道に違いないと瑶子は推察した。唐突に流れていたジャズナンバーが妖しいムード
を湛えた音楽に切り替わり、店内のざわめきが潮が引くように静まりかえった。

(やはり、これからストリップダンスでも始まるんだわ・・)

瑶子の苛立ちが最高潮に達し、矢影に再度非難の声を浴びせようとして口を開きか
けた瞬間だった。、壁際のカーテンがするすると天井に向かって巻き上げられるや、
その隙間から二人のオールヌードの女性が歩み出てきたのだ。余りの驚愕に瑶子の
吐き出しかけた言葉は、悲鳴のような呻き声に取って代わったのである。

「ま、まさか・・こ、この二人は・・・」

驚きに歪んだ瑶子の横顔を、さも愉快そうに見つめながら矢影が口を開いた。

「ふふふ・・・、かなり驚かれた御様子ですね。この二人は、愛原先生も御存知
でしょう、世間でも知らない者は、まぁおりますまい!なにしろ、国民的大人気
女優である朝霧美沙と超売れっ子アイドル秋本有紀なのですからね」

瑶子は食い入るようにモニターを見つめた。カメラはアップでこの二人を捉えてい
る。これほどそっくりの別人が居るとも思えない。確かに、あの二人に間違いなか
った。二人は舞台に達すると、ゆっくりと四つん這いになり、真っ白なヒップを惜
しげもなく晒しているのだ。朝霧美沙と言えば30歳を少し過ぎたばかりの生身の
女としても女優としても、まさに熟れ頃といって良いだろう。一方、秋本有紀はと
言えば一年前に16歳でデビューして以来、歌番組にCMにと引っ張りだこの、ま
さに今をときめくアイドルなのだ。

「これで私の話が、決して妄想ではないと分かって頂けたでしょうか?あの二人
が所属するプロダクションのオーナーも我々のメンバーの一員なのですよ。今、
愛原先生が御覧になっているのは、メンバーの中でもVIPクラスの限られた者
だけに入場が許されている特別のバーなのです。一見ストリップバーのように見
えますが、ここではあくまでも肛門を鑑賞することに主眼を置かれているのです。
女性の体に触れることは完全に禁止されていますし、此処で見た事は一切口外さ
れる事はありません。その点はメンバー全員、信頼の置ける紳士ばかりです」


相変わらず不気味な笑みを浮かべながら、自慢げにしゃべり続ける矢影の姿に、
瑶子は、ふと戦慄を覚える。

(あぁ・・私は・・私は・・とんでもない相手を敵に回しているんじゃないかし
ら・・)

矢影と、その底知れぬ闇の世界のビジネス・・それは瑶子には想像も付かない怖
ろしいアンダーワールドだったのである。モニターには今まさに映画やテレビで
しか見ることの出来ない二人の芸能人の、真っ白なヒップが大写しになって瑶子
の眼前でくねくねと艶っぽく蠢いているのだ。最初は全裸だと思っていたが、こ
うしてアップで見ると二人の腰には細いチェーンが巻かれている。そこから股間
にむかって食い込むようにもう一本のチェーンが繋がって、ちょうど鎖のTバッ
クの形になっているのだが、性器の部分だけは、それを隠すに必要なだけの最小
限の黒いレザーが付けられていた。そして一方アナルの部分には直径3センチ程
の丸いリングがピッタリ来るようにチェーンの長さを調節されており、そのリン
グによって白桃のような尻肉が左右に押し広げられ、アナルの皺の一本一本まで、
はっきり見分けられるのである。まさに肛門のみを鑑賞に捧げる為に作られた卑
猥なるコスチュームなのであった。

「はっはっは・・どうです、朝霧美沙の女盛りの肛門と秋本有紀の若さに満ちあ
ふれた肛門の対比が実に素晴らしいではないですか!一体世間の誰がこの二人の
肛門を見られるなんて想像出来るでしょう?愛原先生、私のビジネスがどれほど
強大な闇の権力で成り立っているか、お分かりになりましたか?その力の前では
大女優もアイドルも、こうして肛門をさらけ出すしか術がないのです!愛原先生
あなたも、その例外ではないのですよ!」

そう言い放った矢影の顔に、もう笑みは見られない。じりじりと焼き付くような
視線が瑶子に注がれるだけだった。

「私は、私は・・絶対にあなたの思い通りにはならないわ!」

漆黒の不安の海に溺れそうになる自分を叱咤激励するように、瑶子は毅然と宣言
する。矢影を見詰め返す瑶子の目に強い意志が宿っていた。

「そうですか・・わかりました。では後10分だけ時間をください。それでも愛
原先生の気持ちが動かなかったら私の負けです」

矢影が再びリモコンに触れるとモニター画面が切り替わる。今度は最初から女性
のヒップの大写しだった。やがて画面の左右から男のゴツゴツした手が伸びてく
ると柔らかな尻肉を掴み左右に押し開いた。画面一杯にいびつに押し広げられた
肛門がズームアップする。思わず目を背ける瑶子。それは決して美しいものとは
思えない。

「如何ですか?この肛門を見ての愛原先生の感想を是非お聞かせ願えませんか?」

矢影の悪ふざけとも思える質問に、ついに瑶子の怒りが爆発する。

「ど、どこまで人を馬鹿にしたら気が済むの!こんなもの見せられて感想も何もあ
ったもんじゃないでしょう!いい加減にしてよ!」

叩きつけるような瑶子の言葉に、矢影は苦笑しながら答えた。

「ははは・・、私は美しいと思いますがね。ではもう少し続きを御覧ください」

カメラは肛門のアップから今度は徐々にズームアウトしてゆく。はち切れんばかり
に盛り上がったヒップから理想的にくびれた腰へと見事なボディラインが続いて背
中の窪みが映し出される。どうやら女性は俯せで横たわっているようだ。やがて艶
やかな黒髪と共に女性の横顔が映し出された。

「ひ〜〜〜〜っ!」

微かな悲鳴が瑶子の喉から絞り出された。その美しい顔からは、みるみる血の気が
引いていく。

「お分かりになりましたか?そう、あれはあなた自身の肛門だった訳です!ふふふ
・・相当ショックのようですね。まぁ無理もありませんが、薬で眠ってる間に撮ら
せて頂いたのです。元通りに服を着せるのに一汗かきました」

意識を失っている間に、体の隅々まで、この男の目に晒されていたのだ。そして、
その一部始終がビデオテープに記録されていたのである。瑶子は崩れるようにソフ
ァにへたり込んだ。両手で顔を覆ったまま身動きすらしない。細い肩がふるふると
震えていた。

「あなたの今のお気持ちは良く分かります。他人の目に自らの肛門をさらけ出すな
んてまねが、まともな人間に出来るはずはないのです。先程の朝霧美沙や秋本有紀
にしても自ら好き好んで肛門を晒す訳がありません。それは人間としての尊厳を放
棄するにも等しい行為なのですから・・、だからこそこんな卑劣な手段でも使わざ
るをえないのですよ」

いつしか矢影の目から穏やかな光は消え、獲物を追いつめる冷たい悪魔の輝きへと
変わっていた。

「出来ない・・・私には出来ないわ・・・」

絞り出すような声で瑶子は呟いた。魂が暗黒の底なし沼に吸い込まれてゆく様な感
覚に身震いする。

「いいですか、愛原先生、あなたにはもう選択の道は一つしか残されていないので
すよ。それは私と契約を結ぶことです。そしてこの道はあなたのお友達も辿った道
なのです!」

矢影は、おもむろにドアを開くと外に向かって呼びかけた。

「入りなさい!」


薄暗いドアの向こうから一人の女が入って来た。白いスーツのジャケットとスカー
トがシャンデリアの黄色い光で染められる。ショートヘアの知的な顔だちが憂いに
覆われ、その瞳は涙に濡れていた。二人の女の視線が一つに結ばれる。

「あっ!・・・」

瑶子の口から絶息にも近い吐息が漏れた。それは紛れもなく瑶子の親友、人気美人
キャスター千草美雪その人に違いなかったのである。

「驚きましたか?美雪はちょうど一ヶ月前に私との間で、肛門譲渡契約を結んでい
るのですよ。さぁ、千草美雪、親友の愛原先生に肛門を見て頂きながら契約書で誓
った言葉を復唱しなさい」

美雪は瑶子に背を向けると、ゆっくりとスカートをたくしあげる。お辞儀をするよ
上体を倒して両足を開いていく美雪の一連の動作は、まるでスローモーションの映
像を見るようである。瑶子の目前に豊満な美雪のヒップが迫る。こわばった尻肉が
美雪の苦悩を伝えているかに思えた。そして羞恥に閉じようとする尻肉は銀色に輝
くリングに邪魔され、あからさまに、ひっそりと息づく肛門の姿をさらけ出させて
いるのだった。あの卑猥なチェーンコスチュームで美雪の股間も飾られていたので
ある。

「いけない・・いけないわ!美雪さん・・そんなことしては駄目!」

狼狽した瑶子の悲鳴が、美雪の心に哀しく響く。美雪の美貌が苦悩に歪んだ。そし
て震える声ではっきりと契約の言葉を口にするのだった。

「千草美雪は、肛門の所有権を完全に放棄し、そのすべてを矢影周蔵氏に譲渡致し
ます!よって、いかなるビジネスに利用されようと一切の異議申し立ては致しませ
ん。また千草美雪は矢影周蔵氏によって、今後一切の肛門管理を受けることを承諾
し、求められれば何処でも誰にでも喜んで肛門をお見せすることを此処に誓約致し
ます」

言い終えた美雪の口から啜り泣きが漏れた。やがてそれは瑶子の啜り泣きと重なり
絶望のハーモニーとなって矢影の耳を心地よくくすぐる。

「如何ですか?そろそろ覚悟を決めて頂きましょう。すでに美雪は私と契約を結ん
でしまったのです。愛原先生はそれでも断れますか?」

タキシードのポケットから一枚の紙切れとボールペンを取り出し瑶子の前に差し出
す矢影。

「契約を結んで頂ければ、あなたの生活はこれまで通り保証致します。これからは、
あなたの時間の一部を私のビジネスの為に割いて頂ければ良いのです。もし断られ
るのなら、それは大変残念な事なのですが・・愛原瑶子の肛門画像が世間に流出する
のは勿論の事、美雪の秘密も公開せざるを得なくなるのです」

救いを求めるような眼差しで矢影を見詰める瑶子。その目にはもう先程見せた強い意
志の力は残っていなかった。力無い指先でボールペンを掴むと最後に視線を美雪に送
る。泣きそうな顔で瑶子を見つめる美雪の目が哀願していた。瑶子は契約書を引き寄
せると震える手で署名するのだった。

「私の勝ちですね。これで愛原瑶子の肛門は私の所有物です」

署名された契約書を慌ただしくポケットに押し込みながら矢影は嬉しそうに笑った。

「そうそう、美雪・・例の物を持ってきなさい」

美雪の顔が一瞬こわばった。

「瑶子さんにも、あ、あれをお見せになるのですね・・・」

消え入るような声で、そう言うと美雪は部屋を出て行った。そして再び戻ってきた時
美雪の手には一個の小さな透明のガラス瓶が抱えられていた。ことりと音を立てて瑶
子の前に置かれる。白いラベルが貼られたその瓶の中は何かの液体で満たされていた。
瑶子は、その液体の中でゆらゆらと揺れている物をじっと見つめた。

「ひーーーーーっ、ここ、これは!」

瑶子の顔がさっと青ざめる。巨大な蟯虫のようにも見えるそれは、直腸を5センチ程
残してえぐり取られた肛門だったのだ。

「これをお見せした理由は他でもない・・あなたが私と交わした契約書の重みを心か
ら理解しておいて頂きたかったからなのです。この肛門は、私と以前契約を結んだ女
のものです。その女は契約履行半ばにして自ら命を絶ってしまいました。この契約か
ら死をもって逃げ出したかったのでしょう。女は自分の命とその肉体を自らの意志で
消滅させたのです。だがひとつだけ勝手に消滅させることを許されないものがある。
私と契約し、その所有権を譲り渡した物・・・そう、肛門です。私と結んだ契約は、
死んで無効になる事はないのです。死んだ女から肛門をえぐり取るなんて随分酷い話
だと思うでしょうが、それは私にとっては当然の権利なのですからね。分かりました
か?一度契約を結んだら、たとえ死んでも、その肛門はこうして肛門標本となって永
久に我々の目を楽しませることになるのです!」

えぐられた肛門はガラス瓶の中で、まるで生命が宿っているかのように、まだゆらゆ
らと動いていた。貼られているラベルには、黒い文字でこうタイプされている。

芹川由美・・・スチュワーデス・・・26歳・・・2001/10/02

一年前には、芹川由美と言う女性の尻肉の奥で、ひっそりと息づいていたのだ。そん
な思いが瑶子の頭をよぎる。ガラス瓶に閉じ込められた肛門から由美の苦悩の叫びが
聞こえてきそうだった。

「私達は怖ろしい悪魔と出逢ってしまったのよ・・・」

ぽつりと呟いた美雪の一言が瑶子の胸に重たく沈んでいく。

「わかりましたね?もうあなたの肛門は私の物なのです。先程は薬で眠っているあな
たの肛門を見させて頂きましたが、今度はあなたの意志で私に見せねばなりません!
さぁ、これを着けて愛原瑶子の肛門をさらけ出すのですよ!」

圧倒する口調でそう言うと矢影は、忌まわしいリングの付いたチェーンのTバックを
差し出した。

「サイズは先程測らせて頂きましたから、ぴったり肛門にリングが嵌るでしょう。こ
れからは、このTバックだけが下着替わりです。これ以外の物を着用することは許さ
れません!この美雪も澄ました顔でニュースを読みながら、その尻肉には銀のリング
を食い込ませていたのですよ。いいですね?そうだ、今日は、せっかくだから美雪と
並んで肛門を見せて貰いましょうか。そして今度は二人であの誓いの言葉を復唱する
のです!」

瑶子は震える手で冷たいチェーンのTバックを受け取った。それは見た目の量感より、
ずしりと重たかった。

(こ、この重さが・・契約の重さ・・これからは、死ぬまでこの重さを感じて・・)

瑶子の頬を涙が伝い落ちた。




               エピローグ



その年、★★出版から発刊された「肛門倶楽部11月号」は噂が噂を呼び爆発的な売
れ行きを見せた。その訳は「あなたの肛門見せてくださいスペシャル」と銘打たれた
巻頭グラビア特集にあった。なんとそこには今話題の二人、美人弁護士愛原瑶子とニ
ュースキャスター千草美雪の二人が様々な挑発ポーズで自らの肛門を晒していたのだ。
番組当時の衣装のままでスカートをめくって、真っ白なヒップを突き出しながら、に
っこり微笑む千草美雪の姿と1ページ丸ごと使った肛門のアップ写真、ぺージをめく
れば、凛々しい弁護士姿の愛原瑶子の豊満なヒップと肛門が目に飛び込んでくる。更
に最終ページでの全裸にハイヒール姿で振り返り妖艶に微笑むツーショット。しかも
二人の尻肉は、銀のリングで割開かれ、あからさまに肛門が剥き出しにされていたの
だからその反響の大きさは凄まじいものがあった。当時、二人に関する様々な憶測や
興味本位の噂話が乱れ飛んだものである。

それは愛原瑶子と千草美雪を華やかな表舞台から抹殺するには充分なものだった。す
べては★★出版と矢影の筋書き通りに事が運んだのである。★★出版は過日の溜飲を
さげ、矢影は美女二人分の極上の肛門を手に入れた。問題のグラビア写真は瑶子と美
雪には会員専用マガジンへの掲載と偽って、専用スタジオで撮影されたものである。
屈辱と羞恥にこわばる二人の顔に、あの自然な微笑みを浮かばせるのが一苦労だった。
宵の口に始められた撮影が終了した頃には、夜が白々と明けようとしていた。

問題の雑誌が売り出された直後に、愛原瑶子の名は弁護士名簿から削除され、千草美
雪もテレビ局から解雇処分が降されたのだ。自室で首を吊っている美雪が発見された
のはその翌日の事だった。


そしてあれから一年が経った今、愛原瑶子は、いかがわしいキャバレーや風俗店が軒
を連ねる遊興街の中にオープンした、とある店で働いていた。「アナル・バー」と銘
打たれたそのバーでは、肛門フェチの男達が毎夜、妖艶に蠢く女達の肛門を眺めなが
ら酒を煽っているのだ。その店の経営に裏で関わっているのが言わずと知れた矢影で
ある。VIP向けとは別に一般向けとしてこの店を新たにオープンしたのだ。

アナルダンサーとして雇い入れた白人女や、金になるなら何でもやるような茶髪娘ら
に混じって、愛原瑶子は、見知らぬ男らに毎夜肛門を晒していた。
あの美人弁護士だった愛原瑶子の肛門が見られると言う噂が口コミで広がり店は大盛
況である。だがそのバーにはもう一つの人気の見せ物があった。それは客達の間で手
から手へと回覧される小さなガラス瓶である。その中にはえぐり取られた女性の肛門
がホルマリン漬けにされているのだ。

千草美雪・・・ニュースキャスター・・・28歳・・・2002/10/29

ラベルにタイプされた文字が多くの手垢で黒ずんでいた。美雪の肛門標本が閲覧の興
に晒される中、妖艶なメロディにのって愛原瑶子の白いヒップが淫らにくねり踊って
いる。これが肛門を晒すことでしか生きることを許されない哀れな女の末路であった。




                               -完-


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